三条市 神田屋商店 うなぎ蒲焼き / 二の丑に、ひつまぶし で ひまつぶし。

つい此の間、うちの東京の叔父さんの鰻屋さんのお店「五百川(いもがわ)」の回で登場したばかりの三条市「うなぎの神田屋」こと「神田屋商店」。

神田屋 二の丑 ひつまぶし風 2018-08-01 002

2018年の夏は、二の丑がありましたので、仕方なく・・・仕方なく・・・鰻。(仕方ない訳ないやろ!)

趣向を変えて、ひつまぶし風にしてみたら、この見事な「奇跡の一枚!」のような写真に仕上がってしまいました。映える!映える!ばえる!ばえる!

「ええ、やっぱ、たまたま冷蔵庫にあった紫蘇の葉が勝因でしたね。当たった瞬間、入ると思いました。」(ヒーロー・インタビューに答える、大盛り選手でした。)

神田屋 ひつまぶし

お吸い物も添えてみました。肝吸いではなく、豆腐とネギのシンプルな吸い。

何度も言うけど、「ひつまぶし」と「ひまつぶし」って空目しますよね。スカイアイですよね?

そんな訳で今回は「ひまつぶし」に「ひつまぶし」について調べてみました。(笑)

ひつまぶしの発祥は?

大きくふたつ「津市発祥説」と「名古屋市発祥説」があるようです。いわゆる「名古屋めし」だと思ってましたが、実は・・・

「津市発祥説」
三重県津市の明治8年創業の店によると、うなぎの養殖が始まる前は天然うなぎを使っており、大きさが不揃いで太いものは硬く客に提供できるものではなく、廃棄するのももったいないということで、焼いて細かく刻んでまかないにしたという。手早く焼くと臭いが残るため、薬味を入れ、お茶漬けにもしたのだろうと推測している。(wikiより抜粋

「名古屋市発祥説」
発祥店を名乗る店としては、愛知県名古屋市熱田区の「あつた蓬莱軒」や中区栄3丁目の「いば昇」があるが、ひつまぶしの成立時期を、「あつた蓬莱軒」は明治時代、「いば昇」は大正時代であったとしており、こちらも相違が見られる。(wikiより抜粋

ひつまぶしの名前の由来は?

ひつまぶしという名の由来にも、いくつかの仮説が挙げられているそうなんです。

●「お櫃」のご飯にウナギの蒲焼を「まぶす」を語源とする説。

●関西地方周辺では元来、うな丼のことを「まむし」あるいは「まぶし」と呼んでいたため、「お櫃に入れたまぶし」の意とする説。

なお、「まむし」「まぶし」自体の語源については、「まぶす」の外にも「間蒸し」「飯(まま)蒸し」「鰻飯(まんめし)」の転訛説などがある。

ちなみに、ひらがな5文字での『ひつまぶし』表記は、「あつた蓬莱軒」の登録商標なのだそうです。

ひつまぶしの食べ方は?

その「あつた蓬莱軒」では以下の方法を推奨しているそうです。

  1. お櫃の中のご飯を、しゃもじで十字に4等分する。
  2. 分けられたご飯の1/4を茶碗によそい、普通の鰻飯として食べる。
  3. 次の1/4をよそい、薬味のネギ、ワサビ、海苔などを好みに応じてかけ、混ぜて食べる。
  4. さらに次の1/4をよそい、出汁や煎茶を注ぎ、お茶漬けのようにして食べる。
  5. 最後の1/4は、上記3つのうち最も気に入った食べ方で食べる。

以上、ひまつぶし情報でした!・・・いえ、ひつまぶし情報でした。

ごちそうさまでした。。。。

お店の住所:三条市直江町3-2-41

公式サイト:うなぎの神田屋

投稿者:ユキヒロック

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