2022年秋 二泊三日の「関ケ原の戦い!タイムトラベル 滋賀・岐阜攻め」も、うとうと…もとい…とうとう、ラストの三日目。
行きは新潟上越~富山~石川~福井~滋賀と言う「海まわり」のコースでしたが、帰り道は滋賀~岐阜~岐阜~岐阜~富山~新潟と言う「山まわり」コース。
岐阜も長かったぁ~。(^^;)
山道は結構険しかったので、途中で「岐阜アップ(ギブアップ)」するところでした。(嘘)
「ネバー! 岐阜アップ!」
いえ、本当は岐阜市街地の渋滞がきつかったです。(また、帰りもおんぶにだっこマンでしたが…)
あんなに渋滞だと、納品も大変でしょうね、、、だから未納、、、美濃の国とか? (^^;)
えーっと…「最後のランチ」(浜省さんが歌っていそう)も、岐阜県大垣市の「鳥そば 真屋」
ピピピとキテ、飛び込みで入りましたが、外からは行列が見えなかったけど、風除室的な軒先に横並びでトコロテン押出し形式の待合スペースがあり、暫し並んで待ちました。
どうやら人気店のようです。 おら、そういう鼻がよく利きます。 (^_-)-☆
店名通り、基本的に「鳥そば」の「塩」と「醤」のみ。
「ライスもあるじゃ~ん!」のツッコミは聞き流して、あたくしは「鳥そば 塩」をいただきました。
少し前に流行った(少し前って言うな!)濃厚鳥白湯スープ。
具は穂先メンマにレアチャーシュー、水菜とナルトと半熟~茹で玉子。
「大盛りにせず、小ライス」という炭水化物祭りが、当時のマイブームでした。
今となっては寧ろ、ライスは付けずにラーメン大盛りだけの方が、少しはマシかなぁ~って思いますが、、、、後の祭り。(炭水化物祭りだけにね~)
小ライスと言う割に、このコンモリ感。
「こ、こ、小森のおばちゃまよ。モ、モ、モアベタ~よ。」(片岡鶴太郎のものまねで…)
それ、小森でなく、コンモリな!
「コ、コ、コンモリのおばちゃまよ。」な!
ちなみに、小森のおまちゃまこと、小森和子さんって映画評論家だったんですね。(;^_^A 今頃、30~40年来に認知しました。
…と言うことで、二泊三日で行く、関ケ原の戦いはいかがだったでしょう。
当時、NHK大河ドラマが「どうする家康」放映直前!というタイミングでしたので、関ケ原周辺は幟を新調したり慌ただしい感じでした。
関ケ原の戦いは、大軍の小早川秀秋の裏切りで東軍家康が勝利したと言われてきましたが、実際、現場に行ってみて感じたのは、家康軍の後ろに居た西軍の総大将・毛利輝元軍(現場は毛利秀元)を主戦場に向かわせなかった、吉川広家の功績も大きいと感じました。
そもそも、毛利輝元が大阪城から動かず、秀吉の実子「豊臣秀頼」を戦場に連れて行かなかったことが一番大きかったのかも知れません。
歴史に「もしも」はありませんが、吉川が動き、毛利秀元が「空弁当」せずに、家康の後方から挟み撃ちにしていたら、戦況は大きく変わっていたのかも知れません。
おっと失礼、関ケ原の〆に、「鳥そば」を啜りながら…天下 “鳥” のお話でした、、、「どうする家康」でなく「どうする昼食」ですね。
それでは、エンディング曲をお聞きください。
浜田省吾さんで、、、「最後のランチ」♪(ねーよ!)
ごちそうさまでした。。。
お店の住所:岐阜県大垣市熊野町4-6





