長岡市栃尾の「福助分店」です。ネットでは「福助食堂 分店」という表記も散見されます。
現在は閉業されていますが、もともと「本店」にあたるお店が栃尾にありました。いや、あったはずなんです。昔、何度か食べたことがありました。
更に、長岡市内には他に2店舗…西神田町の「福助食堂」と、高見町に「福助食堂 分店」がありますが、いずれも「福助食堂」と表記されています。
高見町でお店の方に「栃尾の福助さんの暖簾分けなんですか?」と聞いたことがありましたが、「まー、その~仲間ですぅ~」と含みのある返答をいただいたことがありました。
私の想像ですが、栃尾の本店「福助」から、同じ栃尾に「福助分店」と西神田町「福助食堂」が出来て、高見町は西神田町から「福助食堂分店」とわかれていったのではないのかなぁ~?と想像しています。
とは言え、あくまで勝手な想像&妄想です。 妄想はもう(よ)そうです。(;^_^A
『燕背油ラーメン・ファミリーツリー』のように『福助ファミリーツリー』作らなきゃッスかねぇ~(笑) ご存じの方がおられましたら、コメントいただけますと助かります。
今回は栃尾の「福助分店」になります。表記は「福助分店(栃尾)」とさせてください。
店名もそうですが、いつも気になっていたのが『敷居の高さ』の対義語『天井の低さ』。(そんな対義語ありませんよ~!)
「天井の合板が貼ってあるところは一応、ガードの役目なのかしら?!」
入れる時は十分にお気をつけください。道路に面した入口前の駐車スペースの天井高があれば、だいたいの車は大丈夫と思います。
年季の入ったスーパーカブ。取付られてる『出前機』は、おそらく『マルシン出前機 2型』いや、『マルシン出前機 3型 片付式』ですね、きっと。
大きな風防がいいなぁ~♪ 惚れ惚れしちゃいます。
器にも「福助分店」とあります。 西神田町の方は「福助食堂」と描いてあったと思います。
新潟市内では、ラーメンとチャーハンのセットを「ラーチャン」と呼ぶ文化がありますが、「なーにーやっちまったなぁー」…男は黙って…「焼きめし!」…男は黙って…「焼きめし!」です。(クールポコ。笑)
焼きめしセット(ラーメン1人前+焼きめし1人前弱?)
昔のチャルメラのような雰囲気のある優しいラーメン。
「崖の上のポニョ」の対義語「海苔の上のコショ(胡椒)」です。(そんな対義語ありま…以下省略)
提供時に、海苔の上に掛けられてる胡椒は、「昭和食堂あるある」ですね。
昔は、鶏骨や豚骨などの臭み消しに胡椒を掛けて食べるのが当たり前だったので、つきものだったんですよね。
これが、焼きめし。 白い部分が残ってるところが良いですよね。
店内に入っても「こちらからは、お声掛けはいたしません。」というシャイな接客スタイルですので、自ら率先してオーダーしましょう。
ごちそうさまでした。。。。
お店の住所:長岡市栃尾泉101













栃尾の福助分店。焼肉とライスがついた
ラーメン定食が大好きで、よく行ってます。
で、そこへ行く途中に いつも気になってるお店があって、
栃尾のココ。。なんですけど、、
新潟県長岡市金沢1丁目2-5
やほうでは まだ営業してるようですけど
やってる気配が無いのですが、、ここが
ご記憶の福助 そして
発祥の地!?? で しょうか??
わ!ここだと思います。
下田から栃尾に入った坂道の途中だった記憶ですが、
まだ建物も看板も残っているんですね。
旧・大盛りユキヒロックに記事が残っておりました。↓
https://yukihi69.ldblog.jp/archives/2049257.html
ユキヒロックさん、紹介住所が高見店になってますよ。
金沢(栃尾高校近く)の方ですが、つい先日、お昼前に通ったら
直ぐ近くをオカモチを持った女性が歩いていまして
自分も閉業した認識だったのでエッ!?と思ったんですけど
戻って確認はしませんでした。
住所の間違えを、教えていただき
ありがとうございました。
2記事共に修正しました。
本店は看板などもそのままのようなので、
もしや?!まだ営業されてるのかも知れませんね。
今度、調査に行かないとです。
教えていただきありがとうございます♪