燕市 食事 いまヰ かつ丼 / 食に慈悲あり、地名に歴史あり。

燕市 の旧・吉田地区、国道116号沿い。

難読地名「下粟生津(しもあおづ)」にある「いまヰ」です。(ニッカ ウヰスキーのヰですね。)

燕市 いま井2023-09-29 003 (8)

丼物が左上に並んでますので、丼物推しなのかなぁ~と言う印象です。その下に麺類が並び、右列には御前ものがズラリ。

燕市 いま井2023-09-29 003 (5)

壁には「ミニセット 海鮮丼or天丼orかつ丼+そばorうどんorもつ煮+汁」という、魅力的なセットを見つけてしまいました。

「あれ? タレ公かつ丼」って?! 「あ~、タレハムかつ丼」なんですね。(^^)(知ってたくせに~♪)

燕市 いま井2023-09-29 003 (6)

と言う事で、ノーマルな卵とじの「かつ丼」です。(果たして、アブノーマルなカツ丼はあるのか?!)

燕市 いま井2023-09-29 003 (3)

なんとなく、安心感、安定感のある、かつ丼ですね。

燕市 いま井2023-09-29 003 (4)

どことなく、慈悲深い感じ。 思わず手を合わせたくなるような有難みを感じます。

燕市 いま井2023-09-29 003 (1)

汁物は甘エビの頭で出汁をとられた醤油ベースのお吸い物。

燕市 いま井2023-09-29 003 (7)

ちなみに、JR越後線の「粟生津駅」のある「粟生津(あおづ)」地区は、同じ吉田地区に「米納津(よのうづ)」があり、
「津」は港を意味するそうなので、それぞれの地区から川から舟で、粟を生む…粟が採れたんでしょうか?粟を出荷した「粟生津(あおづ)」、米を収めた「米納津(よのうづ)」と言うことなのでしょうか?

合併の歴史を調べますと…

1889年(明治22年)4月1日 の町村制施行に伴い、
西蒲原郡粟生津村、上河原村、高木村古新田、下粟生津村、野本新田村、平井新田村、田中新村が合併して粟生津村が発足。
その後、1954年(昭和29年)11月3日 – 西蒲原郡吉田町、米納津村と合併し、吉田町を新設して消滅。
2006年3月20日、燕市、吉田町、分水町が合併して「燕市」となり、現在に至る。

…と言う流れだそうです。

そんなことを調べながら、「食に慈悲あり、地名に歴史あり。」と、手を合わせたい気持ちになり申した。

ごちそうさまでした。。。

お店の住所:燕市下粟生津2701−17

(投稿者:ユキヒロック)

同じ食べ物の記事

コメントの投稿

コメントは、管理人の承認後に表示されます。

管理人の外出時など、承認に時間がかかる場合もありますが、ご了承ください。また、不適切な内容と判断したコメントは承認しない場合があります。

メールアドレスがサイト上に公開されることはありません。

* が付いている欄は必須項目です。

コメント欄に日本語を含まない投稿は、送信しても無視されます(スパム対策)。