燕市東太田の「農産物直売所 ほのか」にて、お昼の弁当を買いに来ました。
お目当ては、燕市宮町にある、愛と音楽とレトロな社交場「 喫茶軽食ルーム217」さんのナポリタン。
イタリアのナポリには、ナポリタンはないそうですが、日本でスパゲッティと言えば、やっぱりナポリタン。
日本で生まれた「ナポリタン」の発祥には諸説あるそうですが、戦後、横浜の『ホテルニューグランド』や『センターグリル』で、進駐軍の食事を参考に日本人の口に合うようにと考案されたのが始まりと言われてるそうです。
また、「ナポリタン」の呼び名は、当時、フランス料理でトマトで味付けした料理を「ナポリ風(ナポリテーヌ)」と呼ぶのが一般的だったことから、日本に伝わったスパゲッティ・ア・ラ・ナポリテーヌが「ナポリタン」に転じたんだそうです。
別日の写真もありました。2023年当時は、ちょくちょく利用させていただいておりました。
何て言うスパゲッティだったか忘れましたが、ナポリタンではなかったようです。
美味しくて、お手頃の値段で良き。
ただ、スパゲッティだけで自分の大きなお腹が満たされるか自信がなかったので、一緒に購入した「正油おこわ」。
製造は、弥彦村の「(有)トサク食品」という会社でした。
ちなみに、『醤油(正油)おこわ』とは…
長岡市に伝わる「しょうゆおこわ」は、醤油で色付けしたおこわのこと。ふっくらと炊き上げた金時豆が入っているのが特徴の郷土料理である。一般的な赤飯のように赤い色ではなく、醤油で色付けされているため茶色である。長岡市とその近隣のみで食されており、この地域で育った人にとっては子どもの頃から赤飯といえばこの醤油味のものである。「醤油赤飯」や「長岡赤飯」ともいい、醤油味のおこわを赤飯というのは同じ新潟県内でも長岡だけである。結婚式の引き出物に入れられることも多い。
起源は江戸時代に遡るという説の他さまざまあるが、未だ確かな文献はなく「昔、長岡ではささげがなかなか採れなくて、もち米に色が付けれず身近にある醤油で色付けした」、「摂田屋(せったや)といった醸造の町があり、醤油造りが盛んだったから」という説や、「江戸時代に長岡藩の殿様が大阪相撲の力士を連れて来たのがきっかけ」で、殿様から醤油や味噌を造る許可を得た元力士が店の前にあった寺に醤油を譲り、その力士が醤油で味付けした米を信徒に提供したという話もある。
県央である三条市では、赤飯も醤油おこわも両方あります、ソウルフードですね。
ごちそうさまでした。。。
お店の住所:燕市東太田7051−1












