gooブログのサービス終了に伴い、筆を置かれた「いろいろいんぷ。」さんから了承を得て、
残しておきたい記事を転載させていただくことになりました。
いちファンとして、新潟のラーメンの歴史的に貴重な資料として、ここにアーカイブさせていただきます。
燕市 杭州飯店
という訳で・・・
やはり俺的にはこの店を外す訳には行くまいてデルモンテ♪
まさかの杭州飯店シェラカップ販売が時代を感じさせる(^^♪
週末、昼とかは最早観光地(笑)
とりあえず、落ち着いて食べませう〜♪ 夕刻に訪問(^^♪

コップに、ガシャガシャっと水を注いで〜の〜
中華の大油っ♪
これでオッケー これがオッケー(^^♪
ほどほどな時間で登場。

まっ!
やはり!
これは!見るもんじゃなく、食うもんらな!(爆)
写真としては、脂で何が何やら?だもんね♪(笑)
食べ終えての多幸感が特別(^^♪
俺的には、勝手にここんちに恩義を感じてる。
それは・・・今から40数年前・・・
ここからは、想像と妄想です。
製麺業界に革命がおきた。それはカンスイ革命
自然由来のものから化学的なものになっていったのか?
はたまた、製法なりなんなり何かしら変更点があったのか?
はたまたまた分量加増でシコシコ増し増し要望があったのか?
その辺は、想像と妄想と部屋とわたしだが・・・
とにかくその頃バランスがおかしくなっちゃって・・・
麺が苦かったり、食べた後気分が悪くなったり
不特定多数の店でそういう経験をした。
製麺業界の過渡期であったのは間違いないと思う。
「この麺、ちゃんと自分でも食ったんだか〜!」と言いたくなるくらい。
基本、取材とかした訳ではないので想像・妄想と思ってください(^^♪
そんな中・・・
ここんちで食うと・・・
なんともな〜い♪ というか・・・うま〜い♪
当時は、マッハで出てくるデロデロやっこ麺(^^♪
(それが・・・好きだった!(笑))
何故? ほわ〜い?
当時は、勿論情報なんてなかったし、知識もなかった
つぶらな純粋な眼差しのラーメン好き青年は・・・
ラーメンが嫌いになるところを救われたのであった(^^♪
まじで、そう思ってます。
それはきっとここんちが頑なに守った拘りのだろう〜
全てにいい素材・変わらぬ素材に拘るという事は味と共に安全に関わる話
食において安全は基本中の基本だから・・・
初めていただいてから・・・半世紀!(激爆)
点は力強く太い線で結ばれ歴史が紡がれていく。
縦の麺はあなたぁ〜 横の麺はわたしぃ〜(^^♪
うむ♪ この日もやはりな満足!
祖としての存在感は永遠! そんな訳でご馳走様でした。。。
ひとこと・ユキヒロック
今でこそ、健康志向やアレルギー対策でカンスイを使わない「無カンスイ麺」もありますが、当時の中華麺に必要不可欠だった「カンスイ」について調べてみました。
「カンスイ」
その正体は、炭酸ナトリウムや炭酸カリウムなどを主成分としたアルカリ塩です。
小麦粉にかんすい加えるとタンパク質(グルテン)に作用し、弾力も展延性も増し食味としてはコシ、滑らかさが増します。これは、グルテンが無機質、アルカリ性の物質に出会うと収斂する性質があるからです。また小麦粉中に存在するフラボノイド系色素が、かんすいのアルカリ性と出会い、淡黄色に発色します。
かんすいが合成化学品になった理由は、戦後の混乱期、小麦粉の統制解除でラーメン店が急増した際、苛性ソーダなど食品にふさわしくない粗悪な代用品が出回りました。当時かんすいに関する規制はなく、国民の健康に深刻な事態を招く恐れがあるとして1957年(昭和32年)に食品衛生法によって「かんすいは基準を満たす合成化学品に限る」と定められたのです。
それ以降日本で使用されているかんすいはすべて工場で化学合成で造られたものになりました。
この資料からは、1957年(昭和32年)から化学合成だったようですので、品質が変わったと言うより、よりコシを出すために製麺過程でどんどん量が増えていったのかも?という想像ができます。
昔の人は味見もせずに、テーブルコショーをガンガン振って食べてるのも気になってたこともありましたが、、、若気の至りでした。
好きなように食べるのがいっちゃん美味いッス。






